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Del Toro Chukka

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なんで「誰も働かなくてよい社会」にならないの?機械に全部やらせればいいよね???

それは大多数の人間が「無料のランチは存在しない」という根深い信念を抱えてるからだよ。
何らかの価値を得るためには自分も働いて価値を提供しなければならないと信じている。
だからそのような状況下で、仮に機械が全ての生産をまかなうようになったら、人間の雇用がなくなり、全員失業者になって給料がなくなるから、人間に購買力がなくなり、ものを買えなくなる。
だから、機械が生産した富は腐る一方で、人間は餓死するしか無い。
しかし別に機械は人間から貨幣を得ようなんて思っていなかったりする。彼らのエネルギーは電気だけだから、電気さえ使えれば貨幣なんてどうでもいいのだ。
大多数の人間が貨幣労働価値の奴隷になっているかぎり、結局マトリックスの前日談みたいに、自分たちの労働がロボットに奪われたと逆切れしてロボットを迫害した挙句に、無料のランチは存在しないという信念をロボットに押し付けて、彼らから提供される価値と引き換えに最後は人間電池になるしかない。
マトリックスの映画の悲劇は、人間が貨幣労働価値を信じて貨幣の奴隷になっていなければ避けられたものだ。
仮にロボットが生産する富を「ああありがたい、人間は働かなくてもよくなった」と受け取っていたら、人間はロボットと共生して地上天国を実現できるのである。
しかし人間が「無料のランチは存在しない」と信じている限り、生産活動にロボットが占める割合が高まることは悲劇でしか無い。

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今日、行きつけのお店で同じ店の常連さんに「絵画展になんで絵を見に行くかわからない」と言われました。

曰く、「写真で見たって、ネットで見たって一緒じゃないか。ましてや、それを高い金出して買うなんて、本当にわからない。その辺、絵画好きな人に聞いてみたいので教えてほしい」というわけです。

別に絵画大好きということもないし、絵画を購入したこともない私になんで聞くのかよくわからなかったのですが、相手もまだ若い方だし、あまり真剣に聞くもので、私も真面目に答えたものです。

「絵画には筆致(タッチ)というものがある。長い時間をかけて画家が描き、またそれ以上に長い時間をかけて今に伝わる絵画はまさに生き物。写真では、その生きザマがよく見えない。絵画を見るなら写真で充分だが、絵画を感じようと思えば、やはり生で鑑賞したい。それと、絵画は時の経過と共に価値の下がらない稀な投資物件でもある。所有するステータスと共に、ノブレスオブリージュの意識の高い欧米では、富裕層が絵画を所有し守ることが文化財保護の仕組みにもなっている」というような説明をしました。

一通り説明したはずですが、相手の方は納得しません。

「見ることと満足を感じることは手段と結果で同じ線上だ。絵を見て満足するなら、それがコピーでもいいはずだ。投資というなら、もっといい投資がある。文化財保護っていうが、結局は物欲の結果であって奇麗事だ。やっぱり絵画の現物をありがたがる気持ちがわからない。言葉は悪いが、スノップの言い訳としか思えない」と食い下がります。

私もどこかでおかしいなと思いながら、返答します。

「現実に本物を見ればわかるが、現物と写真とではまったく色の深みが違う。理屈にはしにくいが、存在感と言ってもいい。投資というのは目利きが大切だから、絵が好きな人が絵画を投資の対象にするのは極めて安全な選択でもある。金の使い道を持て余す富裕層の所有欲を利用することで文化財が保護できるシステムは実利的だ。それがどのような動機であれ、現実に絵画は人々にありがたがられる存在に違いない」と説明しつつ、だんだん私が絵画愛好家の代弁者になっていくさまに、いささかアホらしさを感じました。

結局、アホらしいと思った私の方から、「あなたが絵画の価値に納得していなくとも、絵画に価値があることに変わりがない。あなたがわからない価値だからといって、価値がないわけではない。ただ、あなたが価値を見つけられないだけかもしれない。だから、わからないと思う価値に出会ったら、人に聞く前になにがいいのか価値を探してみたらいいと思う。あなたがわからない価値であっても、他の人には大切なものかもしれないので、くれぐれもそれを踏みつけにしないように」と話を切り上げました。

相手の彼は、それでも「私を納得させられない程度の価値に、絶対的な価値があるとは言えない。誰かの価値観を踏みつけにしているつもりはない。ただ、私は私にわからないものが存在したままなのが嫌いだ。そう言わずぜひこのまま議論してほしい」とがんばっていました。もう充分彼の質問の意図が見えた後でしたので、私はそれ以上その話題には乗りませんでした。

こうなっては、「わからないと言う以上は、わかりようがない」

それが彼へのただひとつの答えだと思ったのです。

結局、彼の質問は「○○がわからないから教えてほしい」と言いながら、「○○をありがたがるなんて、気が知れない」と言いたいだけなのでしょう。

「教えてくれ」と言いながら、すでに「んなもん気が知れんわ」という答えは心の中に確固として存在しているのです。ですから、聞かれた方がいくら言葉を尽くして説明しても「なるほど!」という答えが返るはずがありません。

それは、「議論しよう」と持ちかけながら、その実は論争を楽しもうとする姿なのです。

相手が自身の価値観に揺らぎを見せれば、折伏した勝利者としての自らに満足し、相手が言いよどめば、相手に無知の知を知らしめた自らに満足し、相手が激すれば、なお冷静な論理を紡ぐ自らに満足し、相手が降りれば、ゆるぎなき鉄の価値観を持つ自らに満足するというわけです。テーゼとアンチテーゼから昇華したなにかを得ようとする姿を借りながら、相手の答えが曲がらないかぎりは自らの答えをけして曲げる気がない、堂々巡りの価値観の剣闘です。

そんなことを思いながら、「わからない。なぜ?」と聞く前に、本当に自分にその答えを聞く気があるのか、そこを自問自答したいものだとじっと手を見ました。

具体的に話題にした彼には申し訳ないのですが、今年に入ってそういう問答が何度も私の身に降りかかったもので、いい機会と記事にしました。

「いい大人が、アニメやゲームやフィギュアになぜあんなに熱中するものか、わからない」というような、理性の皮を被ったオタク叩きの記事を見るにつけ、私は思います。

「本当はわかってるくせに。そんなことわかりたくもないと思ってるってこと」

(Source: jonlikedthis)

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イッテンは「色彩論」というその後のデザイン論に多大な影響を及ぼす著作を残しましたが、面白いことに彼が最初にバウハウスで教えていたのは「木炭デッサン」という、旧来からある画材を使った表現でした。彼が重視したのは実は明と暗による「コントラスト」であり、すべてのものは「対比」によって成立していることを学生に認識させるべくカリキュラムが組み立てられていました。その発展した課題の行き着く先に「色彩の対比」があったわけです。これはすごく面白いことです。
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azertip:

Theo Prins

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kendrasmiles4u:
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Bear On Stairs

Stop-motion looping animation by DBLG uses 3D printing to create models for each frame of a bear climbing stairs - video embedded below:

DBLG’s in-house studio projects are a platform for us to experiment with creative ideas and above all have fun. For The Stairs Project we wanted to explore the use of stop frame animation with 3D printing.

More at DBLG here

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(Source: utuldnsft)

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(Source: velozity)

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